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今日のわんこ
2008-05-13 16:47:00
今日はご機嫌良かったですよ。


きれいに咲きました。
2008-05-13 16:46:00
教会の玄関先にあるアママリリスがきれいにさいていました。
お世話をしてくださっている方に感謝します。

きょうのわんこ
2008-05-12 19:20:00
おおあくび

母モニカの祈り
2008-05-11 19:31:00
先日のセルで、母モニカの祈りという絵画をみました。
母のとりなしの祈りについて思わされました。

 現代、家庭崩壊、学校崩壊が叫ばれますが、紀元4世紀にも家庭崩壊がありました。夫も乱暴な人だったそうです。その家庭を救ったのはモニカの祈りだったのです。夫パトリキウスはアウグスチヌスが16才のとき亡くなりますが、ついにイエス様を信じるものとされました。
 モニカはアウグスティヌスに良い教育を受けさせるために、多大な犠牲を払いました。そのおかげでアウグスティヌスは大学へ進むことができ、学者への道が開けました。しかしモニカにとって残念なことに、倫理面ではアウグスティヌスは問題だらけでした。アウグスティヌスは博打好きで、18歳で愛人に息子を産ませ、モニカが信じるキリスト教を拒否し、それどころか反キリストのマニ教に走りました。
 母モニカは息子のために、毎日教会に通って涙を流し、祈りました。それが神父の目にとまり、自分の苦しい胸のうちを告白しました。そのときに神父から「涙の子が滅んだためしはありません。」と励まされました。そしてモニカは涙の祈りを続けます。
 やがて彼が32歳の時にローマにおいてアンブロシウスに会い、劇的な改心を経験するのですが、その一週間後に母はその人生を終えたということです。
 絶えずその背後に子供のために祈るモニカと手を取り合い、天を仰ぎ見るその美しい絵画に母の思いをみました。

 私は子供がいないので、それほどまでに誰かのために祈るという経験はないのですが、自分のことよりも子供のことを涙をもって切に祈れるというのも、神様の恵みのひとつではないかなと思います。いつもいつもという訳にもいかないこともあるでしょうが、母の祈りが答えられるそのお証をたくさん聞いてみたいです。

※このページの内容は一信徒の雑記であり、吉川牧師に事前了解を得て掲載しているものではありません。
ご了承ください。
なにか、問題やご意見があればご連絡くださればすみやかに対処させていただきますので
よろしくお願いします。


おすすめ
2008-05-11 19:23:00
このHPで私のおすすめは CS新聞です。
トップからすぐに読めないので、なかなか読まれていないかもしれませんね。

でも、ちゃーんと読んでみてください。
短い文章の中にも、なんというか暖かみを感じるそんな
すてきな新聞になっています。


写真ものってますし、イラストもたくさん!

私は新号がでるのを楽しみにしてるんです。

みなさんもぜひ読んでみてください。


母の日
2008-05-11 19:14:00
本日母の日礼拝、多聞福音教会では女性の日礼拝でした。

教会より すてきなファイルのプレゼントがありました。

ひとつずつ違う御言葉がかかれてあり、私のはコロサイからでした。

とってもうれしかったです。


10日
2008-05-10 00:24:00
牧師先生のお誕生日です。

神様が用意してくださった多聞福音教会の牧師を
この世に送り出してくださったこの日に感謝します。

出会いというのは、不思議で奇跡的で、
でも偶然ではなく、大きな恵みだなと思います。

これからもたくさんの出会いの恵みを味わっていきたいなと
おもいます。




※このページの内容は一信徒の雑記であり、吉川牧師に事前了解を得て掲載しているものではありません。
ご了承ください。
なにか、問題やご意見があればご連絡くださればすみやかに対処させていただきますので
よろしくお願いします。


恵みと義
2008-05-09 22:19:00
このところメッセージは旧約の幕屋についてからなのですが、
週の間で、いろんな方と分かち合いをしていて思ったことです。

「幕屋の垂れ幕は、聖なる神に近づくには、神の方法によらなければならないということを私たちに教えています。」
という内容に心がとまりました。
自分が誠実でありさえすれば、神様に近づける。そう思ってしまいがちです。
でも、私の誠実はあやふやなものだし、そんなに誠実な人間ではないから時には神様を遠くに感じてしまったりするのかなと思います。
だから、神様の方法だと、はっきり示されて、ほっとした気持ちです。
 ローマ5:21に、「罪が死によって支配したように、恵みが、(私たちの主イエス・キリストにより、)義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。」とあります。
恵みは義によって支配するのであって、恵み自身が支配したのではないと私は理解しました。
神様は人が救われることを喜ばれるだけでなく、義をもって人の救いを保証されることを喜ばれると聞いたことがあります。
神が私に恵みー救いをくださるのは神の度量が大きいためだけでなく、救いのために神の方法を用いて私の罪の問題を解決されたためなんだと思います。
 神の恵みとは、神の度量が大きい(愛が大きい)ことだと理解するなら、キリストの十字架は余計なものになるのかなとおもいます。もちろん神の愛がなければ十字架もないのですが、神の愛があるだけで、神の義がないなら十字架もあり得ないと思います。
神は私に罪があることを知っておられるし、この罪を大きい愛の故に見過ごすこともできないでしょう。そして私は自分の罪の解決の方法をもちません。
十字架によってこの問題を解決してくださったことが神の恵みなのですね。

 恵みと義の関係は、なかなか奥が深そうで私にはまだまだわからないことがたくさんですが、神様が義をもって私を救ってくださったから、私が誠実でいられるときも
不誠実になってしまったときでも、私の方法や状態に関係なく、救いはかわらず私にあると確信できるなら幸いだなと思いました。



※このページの内容は一信徒の雑記であり、吉川牧師に事前了解を得て掲載しているものではありません。
ご了承ください。
なにか、問題やご意見があればご連絡くださればすみやかに対処させていただきますので
よろしくお願いします。



きょうのわんこ
2008-05-09 20:48:00
クロス
またまた不機嫌

完売御礼
2008-05-08 16:24:00
先日お知らせしました、主の祈りの冊子は
大好評のため、完売したそうです。
あとは予約数を作成するそうなので、欲しい方は名乗りをあげてください。
よろしくおねがいします。




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