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牧師の雑記 - さやかさんのエントリ

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牧師の部屋 《救い》 2011年12月18日

 漢字は実に面白い。その成り立ちに意味があるからだ。「救」という字は、「求」と「攴」からなると言われている。「求」は止めさせること。「攴」は棒で打つことだそうだ。だから、救うとは「棒でたたかれていることを止めさせる」ということになる。
 人はたたかれ続けたらどうなるのか。耐え難い苦しみが永続するだけではなく、やがては死を迎えることになる。
サタンはただ私たちを滅ぼそうとするだけではなく、苦しめるのだ。生きることに苦しみを与え、生きていることに意味を与えまいとする。そして死の向こうでも苦しみを与えようとする。
 しかし、主が与えてくださった救いはそれを止めさせるのだ。いや、ご自分が引き受けてくださった。救いは、ご自分が身代わりになることによって、痛みと滅びを止めさせることだった。
 「攴」は「ボク」と読む。「牧」も「攴」があるから「ボク」と読む。ということは…牧人や牧師は、棒でたたく?導く?守る?

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牧師の部屋 《神戸クリスマスフェスティバル》 2011年12月18日

 先日、神戸文化ホールでクリスマスフェスタが開催された。神戸市内を、東部、中部、西部の三つに分けてその地域の教会が中心になって交代で取り組む。今年は西部の教会が担当となっていたために私も企画、プログラム関係で携わらせていただいた。
 震災以来、日本の救いを祈りたいと願い続けているために、今回も入路先生にお願いして、2011年の世界の出来事を振り返る映像を作成していただいた。各地で起こった災害を見ていくことで、この暗闇の世界と時代のために祈りをささげるとともに、暗闇の世界に希望の光であるイエス様のご降誕を喜び迎えようと願っていた。ところが、確かに重い映像ではあるが・・・メッセージに立たれた先生の開口一番がとてもショックだった。「初めの幕開けはいったいどうなるのかなというような暗い映像でしたが…」。そんな受け取り方しかできないのか、と思ってしまった。暗い、明るいというようなことではない。
 この現実をしっかりと見て、本当の救いであるイエス様に立ち返ることを切に求めたい。その、思いをくみ取っていただけなかったことが残念だった。しかしこどもたち、そしてアンサンブルとフェスクワイヤーの讃美は本当に感動を覚え救われた。

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牧師の部屋 《CGNTVアンテナ取り付け》 2011年12月11日

 意思疎通のできないまま床に臥せっておられるクレメンソン先生。介護しながら伝道に励んでおられる曽山先生。毎週数人で集会をされていると聞いて、CGNTVの放送のことを伝えるとぜひ設置したいとのこと。教会の方々から必要な金額もささげられた。ところがアンテナの設置業者が遠い地には行けないとのこと。後で聞いたことだが、近くの電気屋にお願いしても、放送やアンテナが韓国製であることから引き受けてくださらないらしい。不安ながら自分で付けることにした。
 この教会にあるアンテナの方位や角度を測り、ネットや電気屋さんで取り付けについて調べた。ところが難しいらしい。たとえ1度方向がずれても映像が見えないというのだ。まず、教会でチューナーやアンテナを替えなどしてみたが、見ることが出来なかった。心配を胸に、垂水から松下牧師夫妻など3名を加え、総勢9名で出かけた。佐藤兄も仕事を休んで来てくださった。お茶などをいただいた後、まず電波を受信するかを見る。少しずつ角度を変えながら見ていると、突然映像が見えた。谷間にある教会なので見えるのは困難ではないかと思っていたが、感謝なことに、アンテナを向ける方向だけが山が開けていたのだ。設置終了までは約2時間がかかったが見えた時には拍手と感謝が沸き起こった。番組が用いられますように。

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牧師の部屋 《いつ益とされるのか》 2011年12月11日

 「神はすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」(ローマ8:28)この聖書のことばは私たちにとって励ましのことばでどれほど力づけられるかわからない。
 しかし、その益とされる時期については語られていない。
 私たちは性急に益とされることを期待するし、それが信仰の豊かさのように思ってしまう。その問題が益とされたという実感を受けとることが、明日か、10年あるいは30年先になるかもしれないが、それでも有益なものとされるというのだ。
私たちには益と思えなくても、神が与えられる益であるなら私たちにとって益なのである。何が益で、いつ益になるのかも自分で決めないほうがいい。
 自分の罪や犯した過ちを「益としてくださるから」と言って簡単に見過ごしてはならない。失敗や弱さもある、自分ではなく他者から負わせられる苦しみもある。 「どんな道でも益とされるから大丈夫。」というより、初めから御心の道を歩みたい。

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牧師の部屋 《マリヤ》 2011年12月04日

 クリスマスにはどうしても心に留めたい人がいる。マリヤだ。
 なぜ、彼女が選ばれたのか。もちろん王ダビデの家系でなければならなかったこともあるが、それでもダビデの子孫で女性は他にもいたはずだ。選びには幾通りもあると思う。多くの同じものの中から選ぶ。あるいは必要なものを選び出す。さらに比較しながらより良きものを選ぶなど。マリヤが選ばれたのには理由がある。それは、マリヤの姿勢から教えられるように思う。
 神様は初めから「いやです。」「信じません。」というような人や、自慢して歩くような人は選ばれないはずだ。彼女は自分の立場や姿を知り、神をいつも信頼していた。それは、彼女の生き方を見てわかったはず。神様は私たちの日々の生活、生き方、心を見ておられる。どんな困難の中にも、主を見上げて歩もう。
 不平や不満、不安は不信仰から生まれるが、平安や感謝は信頼から生まれる。私たちはマリヤ環境よりももっと幸いな環境の中に生きている。マリヤも私たちと同じフツーの人。

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牧師の部屋 《ハ・ヨンジョ牧師追悼礼拝》 2011年12月04日

 日本の救いと復興のために、小さくても祈りの時「Love On Japan」を震災6か月目の9月に持ちたいと願っていたが、ハ牧師が召されたことを聞き、日本の救いを求め祈り働かれた先生の追悼に合わせて行なえないかと8月の協力会の祈りの席でその思いを発表した。先生方も賛同してくださったので、帰ってすぐにCGNTVの西海姉にその思いを伝えた。しばらくするとCGNTVから電話が入り、CGNTVも、大阪のラブソナタ委員会も一緒に開催したいという。
 そんな、経緯があり始めからプログラムの企画に加わることとなり、何度も打ち合わせや連絡を繰り返しながら当日に至った。私としては人数も気にはなったが、一緒にハ牧師の宣教のビジョンを引き継ぐことを願う方々が集まってくださればと思っていた。当日午前中に、小さな差し入れを持って一度顔を出し、すでに準備をされていた人に声をかけた。
 本番前から人々が来られ、600名近い方々を迎えることが出来た。私が最初にCGNの人に言ったそうだ。「大きいことをしようとは思わないが、大きくなるのは構わない。」と。韓国の5万人教会オンヌリの姿にはほど遠いが、ともに集まり礼拝をささげることが出来たことを心から感謝している。CGNTVの作成した映像は、本当に心を主に向けるものだった。

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